ヴィクター博士の回顧

要注意団体が創り出す異常存在に対して、我々は何時も後手後手で対応せざるを得なかった。すなわち対症療法的な、記憶処理と現場の修復、そして特別収容プロトコルの設定という、極めて億劫な手順でだ。
我々が管理する数々のSCP。そいつらの扱いを誤ったならば、それこそ世界が何回滅んでも足りないだろう。我々の世界が存続出来ているというのは、奇跡以上に我々の弛まぬ努力があってこそといっても過言ではないはずだ。
だのに、そのような"下らない連中"に手を拱いているというのはおかしいのではないだろうか。何故SCPを創り出す原理が分からないまま、お抱えの爆弾を増やすような愚行を続けねばならないのだろうか。
そこで私は、財団で擬似的にSCPを創り出す手段を研究できないか、と提言したのだ。SCPが何たるかを最も深く知り、そして要注意団体の脅威性を最も危ぶんでいる存在。すなわち、O5評議会と《獅子》に。
...ああ、どのような手段を取ったのかは聴かないでくれたまえ。率直なところ、余りにも迂遠過ぎて思い出せないのでね。兎に角苦労した、とだけ思ってくれればいい。
《獅子》は承諾してくれたよ。...頭の固いO5の連中はNOとすら返さなかったがね。何しろ日本支部は規模に対して、管理しなければならんSCPの数も、厄介な要注意団体も篦棒に多い土地だ。その要注意団体に対して先手を打てるなら、多少のリスクも止む無しと考えたのだろうよ。
そうして、私をプロジェクトリーダーとした『プロジェクト・ヴィクター』が発足したのだ。

...実験は失敗だったよ。
私が『作品』に求めたのは、心を持たない人間兵器としての役割だった。『アベル』のような「高い戦闘能力を持ち」「殺傷により鎮圧でき」そして「多大な影響を及ぼしかねない」SCPを何とか出来ればと考えたからだ。
その試み"は"成功した。
一般的な電化製品と同量の電力を通すだけで、埒外のエネルギーで稼働でき、しかも極大範囲のリモートコントロールで操作可能な人造人間。自然法則を無視するSCPの性質と最先端の科学技術を組み合わせて創り出した、『フランケンシュタインの怪物』の誕生だ。我ながら、良くできた作品だったとは思う。
しかし、日本のSCPは戦闘で鎮静化出来るようなモノが少なかった。まあ計画段階から一部のSCPに対抗出来れば良い異常存在として設計したのだ、それは想定内の事項だった。だから、『怪物』は、設計時に想定したプロトコルで管理されるだけの存在となった。私達は設計通りに作品を創り、安心しきっていた。

だが私を含めて皆失念していたのだ。思い通りの結果へ導くのは、喩え簡単に見える行為であっても困難を極めるということを。

そもそも日本という国は、一定の信仰はないが信心はそれなりに篤い。その土着信仰の一つに『ツクモガミ』というものがある。私も詳しくは知らないが、作られてから長い時を経た物に神が宿り、様々な事象を引き起こす。八百万の神がその辺りに居るという考え方をする、実に日本らしい神の捉え方だ。
まあ、なんだ。起きてしまったのだよ。『怪物』にツクモガミが宿るという異常事態が。
...実現出来たは兎も角として、あの『アベル』を打ち負かせる存在として作ったのだ。交戦による鎮圧は殆ど不可能に近く、心のない木偶相手に説得は意味をなさない。そいつを自分達で創り出しておいて、しかも動き出してしまったというのだから、拙いという言葉では済まされない大問題だった。

そこから起きた出来事は、財団内で補遺として管理されている通りだ。多分にフェイクが混ぜられて居るせいで、私ですら見ても判らなくなっていそうだが。
アレ以降、財団はSCPを利用することはあっても、SCPを創り出そうなどとは考えなくなった。要注意団体の扱いも、未だに変わってはいない。私の実験はこれ以上ない大失敗と言っていいだろう。
だが、私は諦めなかった。だからこそ、今ここに居られるのだ。...まあ君達は記憶処理から逃れる方法のほうが知りたかったかもしれないが、記憶を保持したまま逃げ果せたのは偶然に偶然が重なった結果の産物だ。再現性は皆無だから、当てにはしない方が身のためだろう。勿論、知りたければ話すがね。
では、有り難く学ばせて頂くよ。...なら、幾らでも異常存在が創り出せそうだ。

(会話終了。この後ヴィクター博士は沖縄県██市████へ移送された後財団によって捕らえられ、[データ削除済]の上処分されました。
ヴィクター博士は自らが語った内容を全て記憶していましたが、会話の相手及びそれに付随する情報は全く覚えていませんでした。この会話が[データ削除済]によって記録されたことを考慮すると、ヴィクター博士は財団が用いている方法と同レベルの記憶処理を施されたと考えられます。また会話していた相手は何らかの要注意団体-JPに所属する人間と推測されますが、上述の理由から詳細は不明です。
現在日本支部のサイト-██で調査が進められています。)