みんなを大事にして生きようね

スマートフォンが世に広まり始めた頃、たぶん殆どの人間が「インターネットを使う中で扱いに慣れていけば良い」と思っていた。それ自体は別に問題ではない。やってもいないのにメソッドを体系立てるのは非現実的だからだ。ゆえに、小さい頃「歳を重ねれば勝手に大人になる」と思っていたのと同様「インターネットが身近になれば勝手にネチケットが身につく」と思ってしまうのは無理もない(「ネチケット」も死語なのだろうが)。

 

現実として、そんなことは全くなかった。当然のように「バカッター」は起こるし、いい歳した大人がトンチキなクソリプをするのも日常茶飯事だ。たまにクソリプだけで数千ツイートしている猛者すら見かける。何が楽しいかは理解しかねるが、たぶん理解できない方が幸せだ。

 

悪かったのは、誰にでも手が届く形で攻撃手段を与えてしまったことだと思う。良心の呵責がないし、日常的な会話と違って禍根が残っても問題なく、一方的な攻撃も簡単だ。ブロックやアカウントロックも、すり抜けるのは容易。こうして並べるとクソ野郎優勢がすぎるな。

 

つまり。クソリプは...やめようね!みんなを大事にして...生きようね!でもそういう連中に言っても通じないんすよね、どうしよ。

おわり